井口シェフは味、食感、温度、時間経過の変化、そうしたものの組み合わせとバランスを図 る距離感に優れている。クリエイティブな能力をメインテーマのように期待されるレスト ランのシェフとして仕事をすると、期待されるさまざまな角度から染み込んでくる要因で それらがぶれる事がある。
Under 35 の大きな賞を複数回受賞して、2023 年秋に 35 歳で自らのコンセプトを形にした レストラン TOUMIN をオープンした井口シェフには、今の所その揺らぎはまったく見ら れない。非常にクリアでよく考えられた構成に心が遅れてくることもない。確実に“美味し い料理”がカウンター越しに提供される。 イサム・ノグチや魯山人といった工芸的な要素を強く持つ東⻄のモダンアーティストを始 めとして、幅の広いクリエイティブ・カテゴリーや作家を愛し、インスピレーションを得な がら料理の創作へと転化している料理人らしい料理だ。
北海道の大自然に抱かれた BRAS TOYA JAPON のキッチンに立った 3 年間で学んだ、新 鮮な産物を皿の上でさらに昇華させる見事なクリエーション。東京の⻄麻布に構えた自分 の拠点ではその学んだメソッドでは超えていく事ができない。どうしたら良いのだろうと 考察を重ね、食材に手間と時間をかける手法への探究を深めていった。もとより日本の食文 化で重要な位置を占める“発酵”。
もとより日本の食文 化で重要な位置を占める“発酵”。そのバクテリアと食材の複雑で無限の可能性を持つ関係を 既成概念にとらわれる事なく全く新たな視点で見つめ直し、フランス料理と言う文化や技 法に当てはめてゆく。 今や時代のホットなテーマであるとはいえ、彼の斬新でオープンマインドな探究手法から 導き出される味と“発酵”モーションは、確実に新しくも個性的で簡潔で美味しい。